勝ち負けだけが全てじゃない!おらが街にサッカーがある喜びを分かち合いたい。
オルカ鴨川FCの快進撃は止まらない。創立4年目、地域リーグから参戦した負け知らずの女子サッカーチームは、怒涛の勢いで勝利を積み重ね、瞬く間にトップチームの仲間入りを果たそうとしている。おらがクラブの快進撃に湧く熱狂は、多くの人の心に火を付け、ムーブメントを巻き起こそうとしている。恥ずかしながらそんなサクセスストーリーを用意していた。
いったい何を学んできたのだろうか。2011年、あの歴史的なW杯初優勝の歓喜から随分時が経とうとしている。女子サッカー人気絶頂期から6年目を迎えた今、観客動員低迷に喘ぎ、過渡期の真っ只中を徘徊しているという現実があるにもかかわらずである。
勝利と人気は比例している。未だこのような幻想を追いかけてる場合ではない。我が街にサッカークラブがある喜びを感じてもらえることが大事。そう語ったのは、なでしこリーグ2部所属の女子サッカークラブ、オルカ鴨川FC監督兼GMの北本綾子さんだ。
今回のインタビューに至った経緯は、以前執筆した『地域力で快進撃を見せるオルカ鴨川FCの新たなる挑戦』という記事に遡る。地元企業の惜しみない支援から成り立ち、熱狂的なサポーターを筆頭に多くの市民の声援を受ける。なでしこリーグ昇格以前から圧倒的な観客動員を成し遂げた要因は勝利だけではない。そう言い切る北本綾子さんの根底にある想い、そして何を掲げ、どう実践してきたのかを直接伺ってきた。
オルカ鴨川FCの観客動員アップの取り組み
――平均の観客動員数はどのくらいでしょうか?
(北本) 昨年だとホームゲーム平均で1,007人。メインスタンドが満席になる感じですね。メインスタンド以外は芝なので、お子様連れのご家族とか、自由に観戦されています。
――確か、芝の席は無料って書いていましたよね。
(北本) はい。無料です。2部とチャレンジリーグは今も基本無料です。でも希望があれば有料試合も可能だったので、昨年は、最初は無料でしたが、これから1部を目指す上で、まずはリーグ最終節とプレーオフゲームの2試合の3戦だけ有料でやってみました。今季からは、メインスタンドを有料、芝生席を無料としました。
――ちなみに観戦料はおいくらなんでしょうか?
(北本) 今年は少し値上げさせていただきました。当日券は1,200円 前売りは1,000円。どうして値上げに踏み切ったのかというと、上げた分の200円を育成基金とさせていただきたくて。
――有料化の反響はどうでした?
(北本) 減るのではないかなって、不安はありました。けどそれは取り越し苦労でした。
――それでも1,000人以上の観客が訪れる。
(北本) そうですね。きっかけはおそらく、2年目の最後にチャレンジリーグに上がれるかどうかを賭けた入れ替え戦だったと思います。そのホーム戦でいきなり1,700人近く入ったんですよ。昇格するかどうかのところで一気に盛り上がってくれて。それを見てくれた方たちが今も応援してくれている。チーム創設当初から、広報スタッフが頑張ってやってくれた結果だと思います。
――地元の方々から応援されるために、具体的にどんな発信をされたのでしょうか。
(北本) 宣伝カーやチラシ、ポスターなどでの発信ですね。宣伝カーは、あらかじめ録音しておいたものを流し市内を回ったり、選挙カーみたいな感じで。結構聞いてくれてるんですよね。チラシは市の協力で教育委員会にお願いし、幼稚園、小学校、中学校に配らせてもらいました。そういう活動とか 後は小学校の校長先生にお願いをして全校集会があるときを活用して私と学生の選手と一緒に行ってオルカを宣伝させてもらったり。逆にサプライズでその頃は運動会の時期だったので逆に応援団長がフレーフレーとかやってくれたり。また、スマイルコミュニケーション(スマコミ)という名前で出張スクールをやって、子供たちと触れ合える場を設けました。
――地道な努力が身を結んでるのですね。やはりオルカのサポーターは、地元の方々が多いのでしょうか。
(北本) はい。地域柄、小さい子供からおじいちゃんとおばあちゃんまで幅広い年齢層の方に応援していただいたいます。孫を可愛がるように応援してくれます。練習にも来てくれて、みかん持ってきてくれたりとか。そんな地域の方々と触れ合うために何かできないだろうか。
そのヒントになったのが、鴨川と同じくらいの人口の街がホームタウンの岡山湯郷Belleでした。以前、岡山湯郷Belleのスタジアムに視察に行った時、スタンドには、おじいちゃんとおばあちゃんが多くて、心配そうに見守りながら応援してるんです。オルカでは試合中、スタンドに入ることがないので、初めてその光景を目の当たりにして。改めて、子供たちだけじゃなくて、おじいちゃん、おばあちゃんと触れる方法はないか、まだ考えてる最中なんですけどね。農家の人に作業着の代わりに、ユニフォームを着てもらおうかなとか、なんて。(笑)
――サッカーに詳しいサポーターだけではない。
(北本) そう思います。すごいらしいですよ。ある方の旦那さんがサッカーに詳しくて、その方がスタンドで解説者やってるそうなんですね。オフサイドを教えてくれたり、プレーの解説が行われてる。色んなところでポツポツとそういう感じなので、最近はサッカーを分かってきたという方も増えてきて、ますます楽しんでくれているそうです。
――オルカにも、応援団の若い人が来られるって伺っていますが・・・。
(北本) 自発的にスタジアムを盛り上げようとしてくれ力をもらってます。オルカを良くしたいという強い気持ちを持って、太鼓とかコールを考えてくださって。コールも更に迫力が増してきていて、自分たちも勝たなきゃ!と気合も入る。失礼な言い方ですけど、本当に質が上がっていて。練習までしてくれているみたいですよ。
GM兼監督
――女子サッカー界では、女性監督と男性監督の割合って、どのくらいなんですか?
(北本) 男性の方が断然多いですね。1部リーグで言ったら、10チーム中、女性監督は3人ですから。
――世界ではどうなんでしょうか?
(北本) 結構多いですね。この前ドイツに行ってきたんですけど、女性の監督さんが多かった印象がありますね。
――今女性指導者を増やしていこうという取り組みが進んでいるようですが。
(北本) そうですね。女性だけのサッカー講習会とか指導者講習会やったりしてますし、なでしこの監督も女性になったし、ドイツの監督も女性の監督になりましたし。
――そんな状況の中で、北本さんは女性監督であると同時にGMまで兼任してる。周囲の期待も責任も多いかと思います。ところで、GMって聞き慣れない人も多いと思いますので、改めてGMって何ですかね?
(北本) 1年目はGM、選手、監督を兼任してましたが、とてもじゃないけど務まりません。監督とGM、2つでも無理。だから私は今監督をやっていると思ってます。ただ今はGMのところを沢山のスタッフがサポートしてくれているのが現状です。ただ、その自覚というか 名前を付けさせてもらっているということはすごく大事なこと。いずれ自分はそこに行きたいので。
――将来はGM一本でいきたい?
(北本) 準備はしています。マネジメントの勉強もしています。勉強とか嫌いなんですけどね。でも嫌だからこそやる。状況を汲み取って一生懸命やってくれている選手やスタッフがいますから。まだオルカは立ち上がったばかりだし、自分が頑張らなきゃって、皆が思ってくれている。クラブだけじゃなく町も巻き込んでのことですからね。
浦和レッズという経験値
――新しい選手の獲得に、北本さんのキャリアや人脈が、好循環をもたらしてるという話を伺ったこともありますが。どういった経緯があるのでしょうか。
(北本) 自分たちが欲しいポジションにマッチして戦える選手かというのが基本です。
――知り合いに電話して「来いよ」という感じではないんですね?
(北本) 直接はやらないです。やっぱりチームが大事に抱えてる選手ですから。そこのチームの人に相談をして、オルカに迎え入れたいんですけどどうですかって言って。お断りされることもあるし。本人に話してみるよってこともある。必ず人を介して連絡を取りますね。
――素晴らしいキャリアもある。元なでしこジャパンでもある。でも実際には、経歴が人脈を作るのではなく、レッズ・レディース時代で培ってきた経験値が生かされているということなのでしょうか?
(北本) そうですね。やはりレッズからは多くのことを学びました。今でも思い入れもあります。でも残念ながら辞めるタイミングが良くなかったんですよ。現役引退は、体も頭も使えるようになった27歳の頃でしたが、やっぱりなでしこジャパンにも選んでもらって、そういう責任のあるものに選んでもらって、チームの試合にも出場させてもらっていたのに、無責任な辞め方をしてしまいました。
――周りはびっくりしたでしょ。どうして今?って。
(北本) 振り返ると、レッズにしてもらったことは本当に有難い。環境も、練習もそうだし職場にも本当に申し分なかった。サポーターもすごかったし、スタッフも沢山いてくれて、サッカーを存分にやらせてもらえる環境を作ってくれた。怪我や年齢的な問題ではなく、辞めるべき時じゃないタイミングで辞めたと思ってるので、今更ながら、レッズの凄さが身に沁みます。レッズ・レディースの北本綾子でなくなって、ただの北本綾子になった時、何もなかったんですよ。それに気づきました。
――それでも、連絡を取り合える仲間もいるわけですよね?
(北本) そうですね。反省しました。あの時はすいませんって。レッズの影響というか、後から気づかされる色んな部分がありました。例えば、運営の部分。レッズ・レディース時代は、普通に試合させてもらっていましたが、実際やってみるとめちゃくちゃ大変だし。1年目、2年目までは関わらなかったけど3年目は、運営の経験をさせてもらいました。そういう経験させてもらった上で、今季は本当に勝ちたくてチームに専念させてもらうことになったんですけど、それを思うとレッズ・レディース時代で経験した、あの準備すごいなって。何週間も前から準備するし、書類作りとかもそうだし、連絡のやり取りとかも、相手とか審判とか、色々なやり取りを思うと、すごいとは思っていたけど、私の知らないところで、たくさんの人が関わってくれて、動いてくれて、幸せな環境にいれたんだなって。
――大きな気づきですね。
(北本) だから大事にしたいと。
――そこでの学びは生かされているという実感はありますか?
(北本) 学ぶと言うより、真似から入りました。まずは形上の真似からやってみる。トライ&エラーですね。お手本があるからこそできる。自分の経験の中だけでやると、視野が狭くなる。だから色んなクラブに訪問して良いものをいただいて、試して、発展させて。
――えっ?ライバルチームなのに教えてくれるんですか?
(北本) はい。すごいなって。試合当日に行かせてもらうんですよ。試合でばたばたしてるのに行ったら迷惑なんじゃないかな。けど、皆さん快く教えてくれるんですよ。運営の中に入れてくれてチームのことも見せてくれたりとか。
――最後に一つだけ。メインスポンサーの亀田病院さんについてお話を伺いたいのですが。
(北本) メインスポンサーで入ってくれている上に、選手の雇用をしてくれている。そもそも、ここ(亀田病院)のドクターがオルカ創設のきっかけなんですよ。スポーツ医学科の大内ドクターが、理事長に提案してくれて。
それに多忙にもかかわらず、大内ドクター自ら、チームドクターとしてチームに帯同してくれるんです。この前なんて、遠征にもかかわらず、チームと一緒に集合して、前泊までしてくれる。ドクターがこんなにも長い時間、選手と共にするのはあり得ないことなのでそれくらい力を入れてくれています。
――超協力的ですね。雇用環境も整っている、しかも引退後のセカンドキャリアまで保証されている。
(北本) その部分は、女子サッカーの問題だといわれているところもあるし、実際にはセカンドキャリアを考えながらやるっていうのは選手にとっては難しいと思うんです。ただやっぱり女子サッカーが抱えてる問題に対して、クラブとしては向き合っていかなければいけないのかなと思っています。
――北本さんが考えてるクラブの理想像をお聞かせください。
(北本) 目立つのって、どのチームもトップチームですが、私はむしろセカンドチームこそ大事だと思っています。目指すのは、あくまでも町の活性化です。地域に対して、サッカーがどう貢献するのかが一番のテーマです。その中に優勝という目標があるだけで、もっと大きなことで貢献したいなと思ってる。勝つことって、みんなが喜ぶことですが、選手も町の人も、勝ったり負けたりしながらもスポーツの力で盛り上がっていけたらいいな。
私はサッカーじゃなくても良いと思っています。サッカーにお世話になってきたからサッカーを頑張る。サッカー以外にも、鴨川には広い海岸があるのでビーチスポーツもできるんじゃないかって。サッカー以外にも、様々なスポーツもある。サポーターの人が今日は女子サッカー行くけど明日はバスケがあるからバスケの応援に行くとか言って。試合が被ったから俺はこっちの試合に行くねとか。トップを応援してるわけじゃない、どのスポーツでも試合があれば行くっていうのが当たり前な感じの発想。種目ではなくて、クラブを応援するみたいな。単純に必死に頑張ってる姿を見てもらえたら伝わるかなって思います。
――北本さん、本日はどうもありがとうございました。
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強いから人気が高まる。そこにある人気はムーブメントと共に去っていく。世界一というこれ以上ない結果を残した我が国の女子サッカーは、奇しくも、薄れゆく歓喜と共に低迷期に突入した。
しかし、この時期を低迷期を嘆くのか、それとも過渡期だと受け入れるのかで、思い描く未来は変わる。勝利至上主義は一旦棚の上に上げておいても良いのではないか。この考えは決してチームを侮辱しているわけではない。勝ち負けを越えた価値があるということ。快進撃を続けている北本綾子さんの言葉だからこそ説得力がある。
馴染みの店があるだけで、その地域に愛着が湧く。声を掛けてくれる人がいるだけで、その街が好きになる。そんなささやかな喜びが膨れ上がると、そこに応援という感情が芽生える。我が街にサッカークラブがある喜びを感じて欲しい。チームが強くなる背景には、チームを愛する人がいる。言葉にはなくとも、北本綾子さんからこのようなメッセージを受け取った。
北本 綾子(きたもと あやこ) |
1983年6月22生まれ 北海道札幌市出身 現役時代のポジション:FW 所属チーム:オルカ鴨川FC 監督兼GM 経歴:さいたまレイナスFC(2004年)→浦和レッズ・レディース(2005年〜2010年)→オルカ鴨川FC(2014年〜) 元女子日本代表(17試合4得点) |
取材後記
浦和で待ち合わせたボクたち取材陣は、一路南房総まで車を走らせる。海上を一直線に横切るアクアラインのおかげで房総半島への道のりは思いのほか近く感じた。
今回取材を共にしたのは、サッカーメディアshooty編集長の金谷さんと、浦和レッズハートフルの永井さん。この永井さんこそが、北本綾子さんに繋いでくれた張本人です。彼女と同じ釜の飯を食った永井さんを絡めて、北本さんの本音を引き出そう。ボクたちには密かな思惑があった。
アクアラインを渡り木更津を通過して1時間ほど車を走らせると、ようやく街らしき賑わいが現れる。其処彼処にオルカのステッカーが貼ってある車があり、のぼりを掲げている店舗も多い。オルカ愛を誇張するこの街こそが鴨川なのだ。
対談内容は記事に任せるとして、折角なのでこの場では、北本綾子さんの人柄に触れたエピソードに綴ってみたい。
対談が終わった後、なんと北本さんは我々のために、ランチの予約をしてくれていました。”中の見家”さんという地元で獲れた海産物が味わえるお店です。ココで食べたのは、鴨川名物“おらが丼” おらが丼とは、おらが自慢のどんぶりという意味で、お店によって盛られているネタも様々だそうです。「美味かったぁ〜」
北本さんのことを「監督」と呼ぶこのお店のご主人と奥さま。3人の会話に耳を傾けると、北本さんの立ち位置を窺い知ることができる。一見、お馴染みさんを扱うようにフレンドリーに接するご夫婦でしたが、そこからは北本さんへの感謝の思いを感じることができるからだ。3年間走り回ってきた北本さんの活動が実り、地域住民との関係性を築き上げてきたのだろう。
ほんの数時間で、すっかりと彼女の人間性に魅せられたボクらに、永井さんはこう付け加えた。「仲間のことを死ぬほど大切にできる北さんが、どんなチームを作り、地域をどう盛り上げていくのかを見てみたい。彼女ならそれが出来るから。」
勝つことだけが目的ではない。我が街にサッカーがある喜びを住民と共に分かち合いたい。そのために私はここに来た。ほんの数分ほど街を走り、住民の方々とほんの些細な会話をしただけなのに、北本さんの思いは着実に地域に根付いていることを実感できた。
是非一度鴨川に足を運び、オルカ鴨川FCを観戦してみたらどうだろうか。そして小一時間ほどでいい、街の人と触れ合ってみて欲しい。そこからきっと北本さんが描く日本サッカーの未来を感じることができるはずだから。
〈了〉
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