サッカー馬鹿

2017.5.17

専スタがかけた魔法 サッカー未開の地で何が起こったのか。AC長野パルセイロレディース躍進と圧巻の観客動員の秘密に迫る。<本田美登里監督インタビュー&取材後記>

専スタがかけた魔法 サッカー未開の地で何が起こったのか。AC長野パルセイロレディース躍進と圧巻の観客動員の秘密に迫る。

いま女子サッカー界は過渡期を迎えている。まるで示し合わせたかのように関係者は口を揃える。世界制覇の歓喜に湧き、リオ五輪出場を逃した失意が充満する。まるで放物線を描くようにムーブメントは巻き起こり、そして瞬く間に凋落する。お届けしたいのは、もちろんこのような悲しい話ではない。一過性のムーブメントに惑わされることなく、力強い足取りで圧巻の観客動員を記録し続けている女子サッカークラブが存在する。長野市をホームタウンに活動するAC長野パルセイロレディースである。

今回インタビューさせていただいたパルセイロレディース監督の本田美登里さんは、女子サッカー黎明期から選手として活躍され、現役引退後はクラブチームの監督や日本代表のコーチを歴任。岡山湯郷Belleの創立に携わり、サッカー未開の地、岡山県美作から一躍全国区の強豪チームへと育て上げた人物でもある。

過渡期と嘆かれる今、なぜ今、長野に圧倒的な熱狂があるのだろうか。サッカー未開の地でいったい何が起きているのだろうか。本田美登里監督はその大きな要因に2015年に新設された長野Uスタジアムを挙げている。

【専用スタが演出するサッカーの醍醐味】

2015年に新設されたサッカー専用スタジアム「長野Uスタジアム」 撮影:勝村大輔

(本田) 私が長野に来た一番の理由がこのスタジアムでした。長野市が70億円かけてスタジアムを作る。議会でも全員一致で可決した。それまでに尽力された長野のサッカー界、もしくは政界の方たちがいて、そしてスポーツディレクターの足達勇輔さんがこんなプレゼンをされていました。

「サッカー文化を育むためには、競技場ではなくスタジアムでなければならない。誰が訪れても楽しめる場でなければいけない。赤ちゃんが来ても、お爺ちゃんお婆ちゃんが来ても、屋根があり、安心して観戦できる場であって、託児所もある。プレー環境だけではなく、すべての観客がサッカーを楽しめる場でなければいけない。」と。

長野の方々のサッカーに対する並々ならぬ熱意を感じましたね。当時はチャレンジリーグでしたが、なでしこリーグ1部まで引き上げていきたい。そういう気概を持って長野に来ました。

 

――パルセイロ・レディースに来る以前は日本代表のコーチをされていましたよね。そのキャリアとは別の道を決断されたのですね。実際に、この素晴らしいスタジアムで試合をしていてどんな感想をお持ちになりましたか。

(本田) チーム自慢よりもスタジアム自慢が出来る。それはスタジアムの構造もそうですし、芝生コントロールに賭ける方々の想いもあります。そしてあれだけのサポーターがいらしてくださる。

良い選手を獲得するために我々がスカウティングに行くよりも、まずはスタジアムに来て欲しい、まずは1試合観て欲しい。4000人のサポーターの前でレディースの試合が出来る。レディースだけの試合に5、6000人が集まって、旗が振られていて、そして素晴らしいスタジアムがある。それだけでその選手がこのスタジアムでやってみたいと言ってくれる、それくらい魅力的な光景がそこにはあります。

 

――それほどまでに素晴らしい雰囲気なのですね。

(本田) 昨年のINAC神戸レオネッサ戦は、INACを見たい、鮫島を見たい、大野を見たい、そういう人も含めて、6700人も入りました。その試合は前半0−2で負けていて、「そりゃそうだよね、INAC強いからね~」このような見方をされる人が大半でしたが、後半に入って追いついたんですよ!正直なところベンチとしては同点で十分でした。それなのにうちの選手たちは、3点目を獲りに行くんです。行かなくても良かったんですよ、もう良いじゃん2ー2で。(笑)だけどこの子たちは獲りに行って、逆転しました。そしたら最後には、ベンチ裏が真オレンジになって、INACの選手たちが、あの雰囲気には飲み込まれたと言っていましたね。

 

――専用スタジアムならではですね。

(本田) はい。陸上トラックがないので、背中からサポーターの声が聞こえてきますし。あの時の雰囲気には身震いしましたね。

【本田監督が掲げる面白いサッカーとは。】

写真提供:AC長野パルセイロ

――圧倒的な観客動員を誇る長野パルセイロレディースですが、その理由のひとつに、本田監督が掲げる”面白いサッカー”を挙げていますね。

(本田) パルセイロレディースの試合はご覧の通り、得点も入るし失点も多い、でも最終的に勝つ。横綱相撲ができるようなチームではないので、得点が入って喜んで、失点してしまってハァ~ってなる。4−3とか、お客さんがハラハラドキドキするような試合をしたいと思っています。

長野にはまだサッカー文化が根付いていないので、サッカーは点が入らないからつまらないよねという意見が一般的です。けれどパルセイロレディースは点がいっぱい入るから面白い!また観たい!最後はどうなるかと思ったよ~。そして試合に勝って、ハァ~楽しかった。じゃあこの後ビアガーデンに行こうかとか、そういう流れのサッカーになっていると思います。

 

――本田監督は、以前からそういったサッカーを目指していたのでしょうか?

(本田) 長野に来てからですね。自分が持っているカードでどう戦って、どう盛り上げていくか。女子サッカーがリオ五輪出場を逃して、メディアへの露出も減ってしまい、そんな中で長野に来て、ここからどう発信したらいいのかを考えた中での戦術でした。

 

――以前、監督をされていた岡山湯郷Belleでの経験は生かされていますか?

(本田) 湯郷でやってきたサッカーと長野でのサッカーは違います。共通点は地方都市だということ。INACやベレーザのような大都市ではないので、とにかく地域の人たちと盛り上がっていくことが観客動員にも繋がっていくのではないかと考えています。おらが街のレディースチーム、選手たち、娘たちという風な発想というのは岡山の時に成功した例でしたが、長野でも同じく地域に根ざすことが大事だと思っています。

 

――地域に根ざすために、実際に取り組んでいることはどんなことでしょうか?

(本田) 選手たちにおいては、地域の小さなお祭りなどのイベントには、練習に支障が出ない限り参加することを心掛けています。私の場合はシーズンオフに各企業から依頼された講演をして、長野パルセイロの営業をしています。

【個性溢れる選手の育成】

写真提供:AC長野パルセイロ

――どんな講演内容なのでしょうか。

(本田) チームのまとめ方を上司と部下の関係性に置き換えて、サッカーで経験したことをお話させて頂いています。

 

――それは興味ありますね。監督は、宮間選手や横山選手など、個性溢れる選手の育成に長けていますからね。

(本田) 横山にしても宮間にしても以前は仕事をしていたので、職場の人に可愛がってもらえて、職場の人が応援してくれる、パルセイロレディースに在籍している26人の選手は、各々別の会社に勤めていますので、それぞれの会社で15時まで仕事をして練習をする、週末に遠征に出掛けて、また月曜日から仕事をする。女性として、社会人としてきちんと頑張っているからこそ応援してもらえる。

 

――選手である前に一人の社会人として、一人の女性としての自立を促しているのですね。

(本田) サッカーバカという言葉があまり好きではなくて、インタビューの中でも「頑張りました。また応援お願いします。」というようなつまらないコメントはして欲しくないし、社会人として女性として憧れを持たれるような魅力的な人間になって欲しいと思っています。

そのためにもお金を稼ぐことの大変さを知って欲しい。電話の取り方ひとつやパソコンも使えないでは、いかがなものかなと思いますし、社会人として最低限のことを身に付けた上でプロを目指して欲しいと思っています。

 

――まずは人間性ありきというところですね。その中で監督は、どうやって選手の個性を引き出し育んでいるのでしょうか。

(本田) 個性とワガママは表裏一体だと思います。選手たちには、それぞれに個性があって、それを個性と認めるのか、わがままだと指摘するのかは、見る側のジャッジによって変わるものだと思います。その判断基準が、もしかしたら一般論とは違うかもしれません。

例えば、横山が強引なドリブルをすることが、フォアザチームなのかとなった時に、最終的にそのプレーでチームが勝てるのであれば、それは個性と認めています。ですので、逆にパスを出すことに対して叱ります。なんでそこは自分で行かないのかといって促します。

横山は湯郷の時に宮間と一緒にプレーしていて、宮間も自分にボールが欲しい、横山は自分でドリブルがしたい。その時に宮間に「そこパス出してよ!」と言われ続けたらしく(笑)ドリブルを忘れてしまい、ここに来た時に全然ドリブルをしなかったので、それを叱った時に、「えっ、ドリブルしていいの?」と彼女が言っていましたね。もしかしたら、私と違う指導者と巡り合っていたら彼女はまた違ったプレースタイルになっていたかもしれません。彼女たちの根本にあるスタイルは何なのか。それを見極めて活かしてあげる。それが大切だと考えています。

 

――強い個性の選手たちと上手に対峙するための秘訣はありますか。

(本田) 頭ごなしには怒らないですね。彼女たちの感情には必ず理由があるので、まずは理由を聞く。後は笑い飛ばします。ちっちゃい人間だねって(笑)そういう風にコミュニケーションしていますね。

 

――本田監督と選手の関係を表す言葉があるとしたら、親子関係や師弟関係、上司と部下の関係など、どんな言葉が当てはまりますかね。

(本田) ライバルですね。私には上司だとか監督という意識はありません。ただ人間として倍くらい生きているだけ。だから経験は君たちよりも随分多いよという部分はありますけど。決して上から目線でものを言っているわけではありません。逆に彼女たちが私のことをライバルだと思っている気がしますね。

横山も宮間もそうですが、あの子たちはバロンドールの候補に挙がったり、AFCから表彰されたりしましたけど、私もそれに値していてもおかしくないのに、私は表彰されていない。私もAFCから最優秀監督賞とか欲しいのになって、冗談ですけどね。(笑)彼女たちと横並びでいたい。特に宮間が獲った時にそう思っていて、その時アンダーのコーチをやっていたので、ノミネートくらいされてもいいのに、と思う中でいると、もしかしたら私の方からライバルだと思っているのかもしれませんね。

あの子たちが世界に出て行く。あの子たちが世界を獲った時に、自分はまだ世界を獲っていなくて、やっぱり追いつかなくちゃ行けないなと思うし、宮間たちが私を追い越したのは事実で、私も世界を獲れる指導者になっていきたいなという想いがあります。だからなでしこジャパンの監督になりたいというわけではなくて、できればクラブの世界チャンピオンになりたいという夢はあります。だからライバルなのかもしれませんね。

【本田美登里の女子サッカー界への提言】

――最後に女子サッカー界への提言をお願いします。

(本田) 私たちは女子サッカーの黎明期から携わってきて、年齢的にもそろそろバトンタッチしてもいい時期とは思っています。でも振り返ると後輩が少ないかなと思っていて。これまで選手は育ててきましたが、後輩の指導者を育てられていないという反省があります。なので、澤たちの世代を含めてもっともっと後輩たちが我々のDNAを指導者として引き継いで欲しいと思っています。彼女たちには、実績もあるし説得力もあるし、言葉にも重みがあるますからね。

 

――もっと女子サッカーが盛り上がるために、どんな取り組みが必要でしょうか。

(本田) 長野からは盛り上げているという自負はあります。それを他の地域、そしてチームに対して、上から目線ではないですけど、もう少し人に頼らずに自分たちで盛り上げることを考えたら、観客動員1000人以上は行くのではないかと思っています。それが美作でできて長野でもできるのだから、人口が多いところならもっとできるのではないかと関係者に言いたいですね。

 

――確かに観客動員にバラツキありますよね。

(本田) あり過ぎですね。1000人いったらよしよし、かもしれませんが、逆に大都市ですと人は多い分、他競技も含めて楽しむものが多過ぎて苦戦しているのかもしれませんし、地方だからこそこれだけ集まるのかもしれません。だけど、その場所にしかないメリットを活かして、もっとやれることは多いはずです。選手も含めて、それぞれがもっと無理しないと。無理すれば出来ることは沢山あります。フロントに頼らずとも自分たちでそれを探していく必要があると思いますね。もう一回観たい!そう思ってもらえるような演出が出来るのはあくまでも現場ですから。

――お忙しいところありがとうございました。

AC長野パルセイロレディース本田美登里監督 写真:勝村大輔

本田美登里(ほんだ みどり)

1964年11月16日生まれ

出身地:静岡県清水市(現静岡市清水区)

現役時代のポジション:MF DF

在籍チーム:AC長野パルセイロレディース監督

経歴:清水第八SC→読売SC女子ベレーザ

日本代表43試合出場

指導歴:1991-1993 読売ベレーザ(コーチ)1991-1993 読売メニーナ 2001-2011 岡山湯郷Belle 2005 日本ユニバ 2011-2012 日本U-20(コーチ) 2013- AC長野パルセイロレディース

 

【取材後記】

長野Uスタジアムピッチからの風景 写真:勝村大輔

本田美登里監督の取材を一通り終え、広報方の粋な計らいで、長野Uスタジアムを見学させていただくことになった。

約15000人収容というコンパクトなサイズ感、観戦しやすく設計されている座席の斜度、ピッチを至近距離に観ることができるサッカー専用スタジアム。ピッチ間際まで招いてくれたスタジアム管理人の塚田さんはボクにこう語ってくれた。

「あの日は全身が震えましたよ。ゴール裏から湧き起こるチャントが、メインスタンド、バックスタンドまで伝播していく、まさにスタジアムが一体になる。この瞬間を目の当たりにして、本当にこのスタジアムの素晴らしさを実感した。忘れられない光景でしたよ。」インタビュー内で本田監督が語っていた試合と同じ昨年のINAC戦である。

昨今、サッカー専用スタジアムの必要性を叫ぶ声が強まっている。観戦価値を高めるために専用スタは必然である。実のところ、この論調にはいささか疑問を感じていた。しかし、吹田サッカースタジアムをはじめ、この長野Uスタジアムを視察したことでその考えは一変した。

ロッカールームから1分足らずでピッチまで辿り着ける導線がある。サポーターの声援を背中で感じ取ることができる距離感。専用スタは極限状態の選手の足を動かすことが出来る。インタビュー内でこう語っていた本田監督の言葉も頷けるし、観戦者をサポーターに変えてしまう熱狂を作り出し、サポーターをキャスト化してしまうのもまた、この距離感が織り成す魅力ではないだろうか。

そして最後に、パルセイロサポーターが今、最も気になっているではないだろうか、あの話題を本田監督にぶつけてみた。

 

――横山選手が海外に移籍するということで、今後はどんな戦い方を考えているのでしょうか。

(本田) 横山が海外に行くのは想定内でしたので、個のチカラよりも総合力で戦っていければいいなと考えています。守備に関しても昨季までは4点獲って3点食らうような展開が多かったですが、それを0、もしくは1に抑えていきたい。攻撃に関しては、大量得点は獲れないかもしれないけど、総合力に立ち向かって行く。そのための戦術は考えて入るし、今年から少しずつ取り入れています。もちろん絶対的なエースがいなくなることはチームにとってマイナスですけど、また育てればいいやって(笑)

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