ビールのないサッカー観戦なんてありえない。
「ビールのないサッカー観戦なんて。」妻の心の声が聞こえる。
サッカーにはあまり詳しくはない、それでもスタジアム、あるいはスタジアム周辺の雰囲気が好き。妻はいわゆるライト層と呼ばれるサッカー観戦者である。
ライト層にいるほとんどの人は、「サッカーにはあまり詳しくないけど、」と前置きする。まるで、ここはルールも知らないような奴らが来る場所ではないと、誰かの忠告を受けているかのように。
確かにそんな雰囲気はあるかもしれない。
例えば、日本代表戦が行われるスタジアムには、ライト層とおぼしき人たちで溢れかえる。
小動物の耳の形をしたカチューシャなどでコスプレをして、選手のイラストが描かれたゲーフラを掲げる女子や、ダークスーツを着たサラリーマン集団、それに海外サッカーには興味あるけどJリーグはレベルが低いからと小バカにする人やら。
「お前らみたいな奴らのおかげで、チケット取りづらくなっちまったじゃねーか。」まるで自らが日本サッカーを支えているかのような、そんなコア層の人たちも確かに存在する。
もし、そのような戯言が、サッカー観戦のハードルを上げているのだとしたら、時代錯誤も甚だしい、これほど残念なことはない。
話をビールに戻そう。
つい先日、なでしこリーグを観戦した時のこと。土曜日開催の真夏のナイトゲーム、本来ならホームスタジアムを使用するところだが、ナイター設備がないため隣市のスタジアムを使用したという事情があったそうだ。
この日一番の驚きがあった。ビールの販売がないのだ。どんな事情があるにせよ、ビールが飲めないサッカー観戦なんて、と妻は嘆いた。
結局この日は、雷雨のため試合開始5分で中止が決定され、順延となった。
再試合が行われたのは、水曜日の夜、またしてもナイトゲームだった。この日はコンコースの一画でビールが売られていた。ホッと胸を撫で下ろした。
屋根のないスタンドに腰掛ける観戦者にとって生憎の雨模様となってしまったが、それにもかかわらずコンコースの売店には行列ができているではないか。
中でも目についたのが、ダークスーツを着た会社帰りとおぼしきサラリーマンの集団だった。彼らだけで、いったい何杯もの生ビールが消費されたであろうか。買い出しに奔走する部下らしき青年が5つほどの紙コップを抱えていた。
想像ではあるが、おそらく彼らには女子サッカーの知識は皆無であろう。ただ、仲間たちとスタジアムでサッカー観戦をしながら飲んだ生ビールは格別だったに違いない。
それのどこが悪いのだろうか。
心の中で呟いた。
なでしこリーグしかり、多くのJリーグクラブは観客動員に喘いでいる。その大きな原因となっているのが観客の高齢化である。裏を返すと、長年スタジアムに通い詰める同じお客さんで賑わっているという現象なのだ。
そのお客さんが家族を連れて応援に駆けつける。またその子供らが結婚して、自分の家族をスタジアムに招き入れる。こうして歴史を積み重ねていくのだろうが、なにぶんJリーグはまだ開幕から25年しか経っていない。
そんな中、各クラブが最も力を注いでいるのがライト層の集客だ。家族の皆さんがスタジアムで丸一日楽しめるように、多種多様なスタグル(スタジアムグルメ)や様々なイベントなどが催されている。
スポーツ観戦は、誰もが楽しむ権利がある興行である。
試合前の雰囲気を楽しみたいという人もいれば、応援を楽しむサポーター、至高のプレーを楽しむファンもいる。そして開放感溢れるスタジアムでスタグルや生ビールを楽しむ人がいる。
だからこそ、ビールを販売しないスタジアムなどあってはいけないのだ。そして最後に一つ付け加えておきたい。缶ビールではダメ、生ビールに限るということを。
〈了〉
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