現時点での完成度は50% 良いサッカーをすることが結果に繋がってくる。<ノジマステラ神奈川相模原 菅野将晃監督インタビュー>
なでしこリーグ1部、2017年シーズンの全日程が終了した。
15勝2分1敗 圧巻の強さを見せつけた日テレ・ベレーザが3連覇を果たし、INAC神戸レオネッサが充実の戦力で女王に追従する、調子を上げてきた浦和レッズ・レディースが3位に食い込めば、その浦和との死闘を制しカップ戦女王の座に輝いたジェフユナイテッド千葉・市原レディースが7位に甘んじる。
エース横山 久美がシーズン途中で女子ブンデスリーガ1部フランクフルトへ期限付き移籍するも、地力を見せつけた長野パルセイロ・レディースが6位に踏みとどまれば、それと入れ替わるように、不調を巻き返したアルビレックス新潟レディースが底力を発揮し5位、終始安定した戦いを継続したマイナビベガルタ仙台レディースが4位でシーズンを終えた。
絶対女王ベレーザを除いては、1部常連組が混沌とした順位争いを繰り広げた今シーズンの中、蚊帳の外での戦いを繰り広げていたのが、ノジマステラ神奈川相模原だった。
ノジマステラのリーグ1部初挑戦は余りにも酷であった。
INAC神戸レオネッサとの開幕戦に完敗したノジマステラだが、つづくホーム開幕戦で長野パルセイロ・レディースに競り勝ち、上々の滑り出しを見せた。リーグ中断前の前半戦10試合を3勝4分3敗、五分の戦いを続けていたノジマステラだが、リーグ再開後に急失速してしまう。
後半戦の戦績は、0勝1分7敗と惨敗を喫し、最後まで悪い流れを断ち切ることが出来なかった。最終戦を前に、調子を上げてきたちふれASエルフェン埼玉に勝点を並ばれてしまうが、得失点差で辛うじて残留を果たした。
苦しい戦いを終えて、残留確定に安堵した表情を見せた選手たち。その一方で、厳しい現実を踏まえ、それでも前を向いていきたいと会見を締めくくった菅野監督。この会見の中で、監督が繰り返し口にしていた印象的なフレーズがあった。それは”ステラのサッカー”という”こだわり”だった。
今回のインタビューに応じて頂いたノジマステラ菅野将晃監督にぶつけたのは、この”こだわり”についてである。「何がなんでも勝てばいいというものではない、過程抜きにして結果を求めるようなサッカーをこのチームではしたくはない。」初のトップリーグ挑戦を終え、何を感じたのか。それでもなお、貫くべきこだわりとはいったい何なのか。菅野監督が考える現時点における来シーズンの展望について伺ってみた。
今シーズンを振り返って。
――まず今シーズンの総括をお願いします。
(菅野) 初めての1部、初昇格での1年目でしたが、自分が思い描いていたのはステラ旋風を巻き起こすこと、少しでも存在感を出したいという思いでシーズンを迎えました。プレシーズンマッチでは手応えを感じていましたが、開幕戦でINACにガツッとやられてしまい、やはり厳しいなと選手共々感じました。ただ、第2節のホーム開幕戦で長野に勝利することができ、悪い流れを断ち切ることができました。
そこからは本当に粘り強く戦えて、特に日テレとの試合は、ディフェンス重視の戦いをした中、0-0で引き分けることができました。徐々にですが手応えを感じながら、10節を終えて3勝4分け3敗という5分の成績で中断期間を迎えることができました。
序盤はステラとしては上々だったと思います。カップ戦も入りは良かったのですが、途中から流れが悪くなり、ベレーザに0-7という大敗を喫してしまい、カップ戦の最終節の長野戦は、予選敗退はすでに決まっていましたが、ここで一つ悪い流れを断ち切りたい、そして、中断明けのリーグ戦に臨みたいという思いがありましたが、その試合でも負けてしまった。
何とか悪い流れを断ち切りたい、トレーニングから雰囲気を明るくしながら、リーグ再開に臨みましたが、仙台戦は雷雨中止になってしまい腰を折られました。たった5分間の戦いでしたが、ゲームの入り方が非常に良かったので、これでまた気分も変わってよし次!という感じだったのですが、一番負けてはいけない伊賀にやられてしまった。
これだけは気をつけなきというところでやられてしまいました。こちらが攻めんだ後に、櫨と杉田のホットラインをフリーにしてしまった。当然、あの二人ですから、カウンターをくらい、そのまま負けてしまった。
その後、あの試合を映像で振り返ってみましたが、それほど悪くはありませんでした。こちらが決めきれなかったのは確かですが、内容は決して悪くはない。ただ、取り返そうというパワーが感じられないゲームでしたね。遠くアウェイまで応援に来てくれたサポーターもいたのに、本当に申し訳ないゲームでした。やはり連敗しているチーム、勝てないチームの悪い流れが最後まで変えることができなかった。新潟とは2-2と引き分けましたし、良いゲームでしたけど、セットプレーでパンパンとやられてしまった。悪くないけども、レフリーの不可解な判定もありましたし、それも含めての今のうちの力であると認識しています。
そして、リーグ終盤のベレーザ戦、あるいは最終戦のINAC戦にしても、自力では及ばないという判断をして、勝点1でも積み上げなければいけないというところで、守備重視の現実を踏まえた戦いをしましたが、それでもやられてしまいました。
その辺の戦い方は、当然、監督が決めるのですが、みんなの良さを出すというよりも、相手の良さを消すという戦い方をして、それでも結果が出なかったので申し訳ないという気持ちもありながらも、まずは現実をしっかりと受け止めなければいけないと感じています。
――結果的に勝ち点1が取れていれば、ちふれと並ぶことなく残留できました。
(菅野) そうですね。星勘定をすると、ちふれの対戦相手も眺めてみると、本当にその勝ち点1が取れていればというところでした。でも、サッカーは何があるかわかりません、ちふれも終盤は非常に力を上げて、良い戦いをしていましたので。同勝点のままでは、やはりうちとしては安心できない状況で最後までいってしまいましたね。
来シーズンをどう戦うのか。
――来シーズンに向けて、やはりこのままだと不安だというサポーターの気持ちもあると思います。まだ皇后杯も残っていますので、時期尚早かと思いますが、来シーズンの開幕まで、どのような画策、補強などを含めてどのようにお考えでしょうか。
(菅野) 正直なところ、まだ来シーズンに向けては、大きな青写真くらいしかありません。皇后杯もありますしね。まずは今いる選手たちの強化を図らなければいけないという思いでオフ明けからスタートしましたが、今までと同じ様に、この前の日曜日にも大学の試合を2試合観たり、新入団選手の補強も模索してはいます。現時点で一人決まりましたが、おそらく新人の補強は、その選手だけですかね。今、なでしこのチームに移籍の打診はしていますが、どうなるかわかりません。
――基本的に戦い方を変えるつもりはないということですね。
(菅野) はい。目指しているサッカーがありますから。丁寧にポゼッションしながらビルドアップして、ポゼッションしながらもゴールまで行く。これはずっとやってきた事であって、ただ逆に他のチームにしてみれば、そこが狙い目であったわけです。
――ビルドアップの時に狙われるケースが、
(菅野) そうですね。だからビルドアップさせないぞという対策をしてくるチームも出てきましたし、実際にGKからのボールをカットされて入れられたこともありました。シーズン中は、それでもまずはキーパーからの作りを目指すんだと。もちろん相手がそこを狙っているのだから、随時、判断を変えなければいけないということでやってきました。僕はそれがあるべき姿だと思っています。
女子サッカーもスピードが段々上がってきて、体格のいい大きな選手も増えてきて、そこを生かそうとすると、やはりロングボールが多くなる。もちろんそれもサッカーですので当然ですが、ただアバウトにボールを蹴るサッカーは、僕は女子サッカーにはそぐわないと思います。どんなサッカーをやっていても、そういう場面は必ずある、けれども、それを前面に押し出すサッカーを女子がやってもおもしろくないと思います。
――それがステラの目指すサッカーなのですね。
(菅野) 結局は丁寧にボールを運ぶことですよ。だから判断無く、とりあえず蹴っておけ、それはクリアという形であり、危機を脱出するという手段としては当然のことですが、できるだけチームの意としたコンビでボールを動かすこと、それをやらないと観ていてもおもしろくない。ただ、そこが相手にとっては狙い所になってしまいますから、もちろんそこの精度を、あるいはサポートの動きも含めて高めななければいけない。
もう一つは、やはり横パスやバックパスをいかに減らして、縦のグラウンダーのボールをどれだけ繋げるかどうか。そこは当然1人ではできないので、2人から3人、3人から4人がどうやって絡むか。いわゆるコンビネーション的なことになりますが、そのための動きの質が、今はまだ正直言って低いですね。ベレーザやINACの選手たちのボールを受ける動きの質、そしてスピード感は、やはり自分たちよりも一つ二つ位レベルが違う。
菅野将晃の持論
――監督が目指しているサッカーは、現時点でどれくらいできているのでしょうか。
(菅野) 5割程度です。前半戦、3勝4分3敗といっても、ゲーム自体で上回れた試合は少ないですよね。耐え凌いで、好機で決められたというぐらいで、やはり流れとしては、それほど掴めてはいないというのが、今年の1部の戦いです。
昨年の2部とはまるで違う。昨シーズンだと9割の試合が、ほぼステラのペースでゲームを作れた。作れて勝てたというのが昨年でしたが、今年は勝てた試合、あるいは、引き分けた試合でも、そのほとんどが、5分5分か相手の方が上だったというゲームでした。
――GKのジェン選手がシーズン途中での移籍となりましたが、その影響はあったのでしょうか。
(菅野) あのウエイトは大きいですね。奇しくも、そのジェンがいなくなってからと丁度同じ頃から流れが悪くなってしまったので、やはりGKが抜けてからだよねと言われることは多かったのですが、当然それだけとは言えません。自分がマリーゼにいた時、最初に女子チームを監督に就いた時も、GKというポジションは、これは困ったものだなというのが正直ありましたね。そんなことがあるのか、というくらいのレベルに驚きました。
そういう意味でもやはりジェンの存在は大きかったですね。それは高さであり、セーブであり、女子のGKのレベルとしたら、やはり高い。足元の技術などウィークポイントはありますけども、日本人だったら代表になるだろうなという選手だと思います。残念でしたけどね。
――マリーゼ時代の話が少し出ましたが、その頃に目指していたサッカーとステラのサッカーは同じ方向性なのでしょうか。
(菅野) 最終的には変わらなくなりましたね。マリーゼの1年目は守備からスタートして、今は全く違うけど、4・4・2のブロックを敷いてという戦い方をしました。翌年は3・4・3に。おそらく女子で3・4・3をやったのは初めてではないかと思います。それで非常に攻撃の質が高まって、3年目のシーズンに4・3・3みたいな形で仕上げのつもりで迎えようとしましたけど、残念ながら東日本大震災の影響でできなくなってしまいました。1年目が3位で、2年目も3位、3年目に優勝を懸けての戦いをしようという流れでキャンプまでやっていたので、非常に良い手応えを感じていた矢先でしたね。
――これまで数人のステラの選手をインタビューさせてもらいましたが、とにかく練習から「走る走る!」と聞いています。(笑)それはやはり監督が目指しているサッカーに直結しているのでしょうか。
(菅野) でもですね、言うほど走らなくなりましたよ。(笑)ただやはり、アスリートとして走れないでサッカーできるわけはなく、高いレベルを目指そうと思ったら、まずは走れないといけません。いくら私サッカー上手いですよと言っても、走れない選手に良いサッカーができるわけありません。
逆に言うと、日本人は走り過ぎだという外国の指導者もいますし、当然、質も高めていかないといけませんが、それでもベースとして走れるかどうかというのは、メンタル面も含めての持久力になります。
湘南ベルマーレの監督やっていた時に、センターバックで良い選手がいました。でも、とにかく走れないんですよ。そうすると、どうなるかというと、やはり後半に落ちるんですよ。あるいは、点取られたりすると、ガクッと気持ちが落ちてしまう。体も気持ちも持久力がない。それでは勿体無い。だからやはりベースとしての走力が絶対に大事になります。ただ言うほど走っていませんよ。どんどん量が少なくなって、今の選手たちは大分楽になりましたよね。(笑)
――最後になりますが、リーグでは、流れをつかめなかったと話していましたが、やはりメンタル的な部分が大きく影響するのでしょうか。監督は、男子サッカーの指導経験があるので、女性ならではのメンタルの難しさというのはあるのでしょうか。
(菅野) メンタル面での男女の違いは、間違いなくありますね。それが良いか悪いか、どちらとも言えないと思う。一つは男子のJリーガーというのは、基本的に個ですから、その個をいかにチームとしてまとめるかというのが監督の役割であり、それと比べると、女子の場合は集団なので。集団のメンタルなので、それが良い方向に向けば、男子よりもパワーが生まれる。悪い方向に行くと全体が悪い方向に行ってしまうという。大きく言えばそういう違いがあると思いますね。
――よく、女子サッカーは、“ひたむきな姿勢”がクローズアップされていますが、その中で、やはり、“したたかさ“が勝敗を分けることもあると思います。女子サッカーはこうあるべきだという、監督の持論はありますか。
(菅野) ありますよね。例えば、ベレーザはやはり、これまでの女子サッカーの歴史の中で、長きにわたり引っ張ってきたチームで、数多くの素晴らしい選手が出てきて、その中で培われてきた“したたかさ”というのは間違いなくある。それが、良いしたたかさもあるし、見ていて不快なしたたかさもあるし、それが本当に女子にとって良いのか悪いのかは、わからないですよね。
サッカーの世界では、よく南米の選手と比較されて、必ず日本人は真面目だと。だけど彼らのメンタリティーは不真面目なのではなく、遊びの要素であり、勝負に対する執着心であり、その執着心が“したたかさ”であって、そういうところが、男子の世界との違いとして語られると思う。
だから当然、女子サッカーもよりレベルが高くなれば、いかにそういうところを逃さないのか、あるいは、隙を作らないとか。当然そうなっていくと思います。でもそれが良い意味で出してくれれば良いのですが、悪い“したたかさ”になってしまえば、見ていて不快になりますし、あってはいけないと思います。
僕は、そういうところは大事だと思っています。変な駆け引きはあまりしたくない。だから、例えば1点リードで終盤を迎えて、相手コーナーでキープとか。僕はそれをやらない。ウチはやらないと思いますよ。でも、現役の時の自分は最後そこでキープしていましたけどね。(笑)指導者になってから全くそういう意識はない。
――また来年楽しみですね。
(菅野) そうですね、もちろん上位を目指しますが、何がなんでも勝つというのは、自分の中ではあまりないですね。いかに良いゲームをして、良いゲームをすることが結果にも繋がってくる、時には繋がらない場合もありますが、ただ、やはり過程抜きにして結果だけを求めるような、そういうサッカーを自分のチームではやりたくないです。
――お忙しい中、ありがとうございました。
菅野 将晃(かんの まさあき) |
1960年8月15日生まれ |
神奈川県出身 |
現役時代のポジション:MF/FW |
古河電工→ジェフユナイテッド市原→京都パープルサンガ |
監督歴:水戸ホーリーホック→大宮アルディージャ→浦和レッズユース→湘南ベルマーレ→TEPCOマリーゼ→ノジマステラ神奈川相模原 |
【取材後記】
安堵と不安が交錯する、きっとノジマステラのファン、サポーターの胸にはこのような想いがあるのだろうと想像していた。
ところが、残留が確定した最終戦の後、スタジアム外で待機していたサポーターと遭遇した時、そのどちらでもないように思えた。
チームと共に喜び、悔しい思いをしてきた今シーズンの戦いを終えた彼らから感じたのは、互いの労をねぎらい合う、清々しさが漂っていた。
とはいえ当然チームの残留を喜んでいたに違いない。ボクが感じたのは、それ以上の感情だったということ。彼らにとって、勝利が全てではないのだ。
このような素晴らしきサポーターに支持されるクラブ、それがノジマステラであり、菅野将晃監督が貫く信条に他ならない。
「サッカーを楽しんでもらいたい」言葉に表さなくとも、これこそが菅野監督が目指しているサッカーなのだろう。
目の肥えたサッカーファンからしてみたら、おそらく女子サッカーの競技力は決して高くは感じないだろう。しかし、実際にスタジアムに足を運んでみれば、いつのまにか引き込まれてしまう。この感覚の正体は、おそらく”ひたむきさ”なのだろう。
だが、残念なことに、この”ひたむきさ”はテキストでは表現することが出来ない。ライブに身を置かない限り伝わることはない。
だからこそ、スタジアムに足を運んでいただきたい。これが今シーズンを終えて、ボクが痛感したことだ。
1試合平均2000人、いや、5000人を目指すべきだと思う。そのポテンシャルは十分に秘めている。逆を言えば、何一つ手が加えられていないもどかしさがある。
1部にしがみつくのではなく、1部に相応しいチームになって欲しい。それはサッカーの内容であり、サポーターの熱狂であり、スタジアムの雰囲気でもある。
余計なお世話ながらも、このような当事者意識を抱いてしまう。ノジマステラとはそういうクラブなのだ。
〈了〉
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