サッカー馬鹿

2016.12.28

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映画『VEGALTA〜サッカー、震災、そして希望〜』

映画『VEGALTA〜サッカー、震災、そして希望〜』

あの曲に身震いを覚えたのは今年の夏、ベガルタ仙台の本拠地ユアテックスタジアムゴール裏バックスタンドコーナー付近、多勢のベガルタサポーターが一斉に、ベガルタゴールドのタオルマフラーを掲げた瞬間だった。

選手入場に合わせて、スタンド中のベガルタサポーターが一同に立ち上がる。ゴール裏から”WE’RE GONNA MOVE THEIR FEET !”と描かれた巨大フラッグが舞い降り、最前列の大旗隊が一斉にフラッグを振り上げる。それを待ち構えるようにバックスタンドを陣取る熱狂地帯から大合唱が湧き上がる。

その曲がジョン・デンバーの名曲『カントリーロード』であったことを知ったのはしばらく後のことだった。

イギリスのドキュメンタリー映画『VEGALTA』

ドキュメンタリー映画『VEGALTA~サッカー、震災、そして希望』東日本大地震から5年後の2016年春、このドキュメンタリー映画は、サッカーの母国イギリスで完成した。

2009年、J2を制し7季振りにJ1の舞台に返り咲いたベガルタ仙台。翌年の2010年シーズンの最終順位は14位。常にギリギリの所でトップリーグに踏み留まる当時のベガルタ仙台はJ1、J2を行き来する典型的なエレベータークラブといっていいだろう。そんなベガルタ仙台にとって2011シーズンの目標も当然、J1残留だったに違いない。

そして迎えた3月5日、Jリーグ2011シーズンは開幕した。第1節、サンフレッチェ広島とのアウェイ戦を0ー0で引き分けたベガルタ仙台は、翌週にホーム、ユアテックスタジアムでの開幕戦を控えていた。東日本大地震が起きたのはその前日、3.11だった。

この映画には、震災後、J1残留さえ危ぶまれていたチームが苦難を乗り越え、優勝争いを演じるまでに大躍進した軌跡、そこに至るまでの選手、監督をはじめとしたチームスタッフ、そして彼らを支え続けたサポーターの勇姿。『故郷を取り戻すまで』の彼らの共闘が描かれている。

〜宮城の希望の星になろう 共に歩もう前を向いて〜

「鳥肌が立った。やるしかない。」手倉森監督を震え上がらせた瞬間があった。それは、震災から43日後の4月23日に行われた川崎フロンターレ戦、リーグ再開の日である。地元仙台からおよそ400キロ離れた等々力競技場まで駆け付けた多勢のベガルタ仙台サポーターが歌う『カントリーロード』がスタジアム中に響き渡ったその時だった。

アメリカ ニューメキシコ州ロズウェルに生まれたシンガーソングライター、ジョン・デンバーが1971年に発表した名曲『カントリーロード(Take me Home.Country Road)』。日本ではスタジオジブリ制作の映画『耳をすませば』のテーマソング、本名陽子が歌う『カントリーロード』の方が馴染み深いかもしれない。

「故郷に帰りたい。」故郷を想う楽曲である『カントリーロード』だが、隣の人と手を取り合い、その手を空に突き上げながら歌うベガルタサポーターの願いは、「故郷を取り戻そう!」だったに違いない。その時、手倉森監督は「共に戦ってくれる彼らを喜ばせたい。」と誓った。

「地域がなければサッカーが出来ないということを実感した。」手倉森監督はこう続ける。企業が先行するアマチュア時代と決別し、地域を本拠地に置き、地域と共に活動するJリーグ。奇しくも、震災から復興に向け手を取り合うベガルタ仙台とサポーターの姿を通じて、その意義深さを再認識した関係者も多かったのではないだろうか。

震災から5年が経ち、彼らと同じ日本人でありながらも、ボクらの記憶は、そして当事者意識は徐々に薄れつつあるのが現実かもしれない。当初は2013年の秋に公開予定だったこのドキュメンタリー映画が、今、この時期にまでずれ込んだことが、ボクたち日本人にとっては幸いだったのではないだろうか。今一度震災という事実を受け止め、もう一度現地に関心を寄せてみる。そして未だ変わらない現状を把握すること。この映画がそのキッカケになれば、そう願わずにはいられない。そして、サッカーのチカラ、サッカーの魅力が詰まったこの映画と出会えたことに感謝したい。

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