日記

2019.1.28

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心の声に従ってみる、そして我が道を行く。

心の声に従ってみる、そして我が道を行く。

2019年1月は引きこもりでした。(笑)

確か昨年の師走ころだったと思います。誰の言葉だったか定かではありませんが、グッと惹きつけられたお話がありました。

神様は願い事を叶えてくれるという話です。(なんだか怪しいでしょ?)その話によると、例えば「お金持ちになりますように」と願ったとする。そうしたら宝くじが当選するというわけではないと言います。そうではなくて、たまたま付けたテレビから、あるいは偶然手に取った雑誌から、そういったひょんなところからお金持ちになるためのヒント(気づき)を与えてくれるというのです。そのヒントを逃さないように気をつけてみよう、ささやかではあるけれどコレが今年のボクの目標のひとつになった。ボクの願いはもちろんビジネスの隆盛と家族のしあわせです。

そんな折の話です。新年を迎えるにあたり昨年の大晦日にボクは友人が営む温泉宿でお世話になるために、東京駅発の新幹線に乗りました。その時ふと目に入ったのが座席の前に置いてあった車内誌『トランヴェール』でした。その車内誌をペラペラとめくっていると、あるコラム(紀行文)に目が止まりました。

このコラムの著者は、昔ハマった小説の著者、沢木耕太郎さんでした。そのコラムを読み終えてから無性に沢木耕太郎の”あの作品”が読みたくて、読みたくて、、仕方がなくなってしまった。

『深夜特急1〜6』

このタイトルを見てトラベルミステリーを想像された方も多いと思いますが、そうではありません。(それ、西村京太郎だし!十津川警部だし!)深夜特急(=ミッドナイトトレイン)はある刑務所の囚人たちの間で飛び交う隠語、脱獄を表すそうです。

“自由になるための旅”

この本には著者のそんな想いを含まれているのだろう。ボクは勝手にそう解釈している。この小説はノンフィクションです。沢木氏本人が香港からシンガポールまでマレー半島を下る旅、そしてデリーからロンドンまでを乗合バスだけで旅した様子が描かれている紀行文です。

沢木氏が旅したのは1974年、ボクが生まれた1年後の話。当時は当然スマホはないし、携帯電話すらない、おそらく『地球の歩き方』すらなかったと思われる。今では世界中にテクノロジーが整備されていて、何処へ出向いても困らないだろうし、その分、画一化されてしまい魅力が損なわれてしまっている。そういう意味でも、当時は各国が個性に満ち溢れていたと想像できる。インドはよりインドっぽく、ギリシャはよりギリシャっぽく、そんな世界観。

よく、インドを訪れると価値観が変わるという話を聞きますが、おそらくそれはこの本の影響によるものだと思う。それくらいインドにおける沢木氏の体験談は凄まじい。

23年前、ボクはこの本に突き動かされました。「外国で働いてみたい」この想いを抑えることができずに、ボクは3年間ドイツで美容師として過ごした。ドイツを拠点に様々を国を訪れた。深夜特急はまさしくボクの人生に大きな影響を与えてくれた本でした。ボクだけではない、深夜特急は今日でもバックパッカーのバイブルとして親しまれている作品なのだ。

余談ですが、深夜特急はドラマ化(大沢たかお主演)されておりYouTubeで観ることができます。

この作品の読了後、ボクは何かに取り憑かれたかのように読書欲が湧いてきてしまった。それに加えて何かを始め(出発)たい、それが何かは分からないけど居ても立っても居られない、そんな気分になった。

次に手に取った本は村上春樹著の『風の歌を聴け』でした。この作品はハルキスト(村上春樹愛好家)の間で初期三部作と讃えられている作品です。村上春樹のデビュー作。初期三部作は『風の歌を聴け』から『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険(上下)』とつづいていく。

この作品を読んだのは今回で2回目。前に読んだのはおそらく20代前半の頃だったと思う。一見、散文のように綴られた文章ですが、当時のボクには余りにも刺激的でした。何が刺激的だったのかというと、著者 村上春樹の世界観がともかくカッコいい。ミステリーもののように結末に向かってページをめくり急ぐこともなく、丹念に表現された文章を読んでると、あたかも自分がカッコよくなったような、そんな錯覚が心地いい。

その読了感は20数年経った今でも変わりませんでした。むしろ村上春樹をはじめ青春期に触れた作品の影響は今でもボクの中に息づいている、そのことに感謝の気持ちが芽生えてきた。テキストでなければ表現できない世界観、どうせ文章を書くならばココを目指したいなと思った。

ボクが本を読むようになったきっかけは中3の頃、年齢をごまかして居酒屋でアルバイトしていた当時に遡ります。当時のアルバイト仲間に三人の大学生がいました。金澤さんと芳賀さん、そしてもう一人の名前は憶えていない。(ゴメンなさい)金澤さんからはジャズを、芳賀さんからは小説を、もうひとりの大学生からはロックについて熱く語ってくれた。

歯でギターをひいたというジミー・ヘンドリックスの伝説的ライブや、ジャズやソウルミュージックの歴史について。それにレイモンド・チャンドラー著『さらば愛しき女よ』など。今でもはっきりと覚えている芳賀さんの言葉がある、「酒と音楽と女は小説が教えてくれる」。そういった意味も含めて、村上春樹の作品は興味深い。物語に登場する音楽や詩を改めてチェックしてみよう。

文学は苦手。この付き纏うトラウマをどうにか克服したい。(ボクの頭では無理かなぁ)普段、ボクが手に取る本は、東野圭吾や誉田哲也、大沢在昌などの推理小説がほとんど。テレビドラマや映画を観る感覚と同じようにハラハラドキドキ物語の展開を楽しんでいる。中でもお気に入りなのが『容疑者Xの献身』『ストロベリーナイト』『新宿鮫』。『重力ピエロ』や『ゴールデンスランバー』らの著者 同世代の作家 伊坂幸太郎もかなり好き。文章がオシャレでカッコいいから。毎回のように嫉妬してしまう。

そうそう、文学だ。昔読んでさっぱり意味が分からなかったヘミングウェイの『老人と海』を手に取ってみた。かつての名人、今じゃ時代遅れの漁師の最後の大仕事。三日間に渡る巨大魚との格闘に勝利するものの、帰り路に鮫に襲われ巨大魚は骸骨となってしまう。ただこれだけの話。何を感じるのかは読者次第。おそらく文学というのはそういう読了感なんだと思う。

このアメリカ文学に初めて触れたのは中3時代、で、今のボクは晩年に片足を突っ込んだ職人(美容師)当然ながら感じ取るものは異なる。恐れ?意地?哀しさ?どちらかというと、今のボクは意地を感じた。第一線を走り続けることは難しい、それでも第一線にこだわりたい。いずれにせよ美容師歴27年のボクにとって、その在り方を自問せずにはいられなかった。

そして今、ボクが夢中になっているのは司馬遼太郎著『竜馬が行く』。これまた学生時代に読んだ作品です。ストーリーは言わずともがな、坂本龍馬の生き様をこれでもかというほど魅せてくれる、そして思わず自分の生き様と照らし合わせてしまう、全8巻から成る超大作です。

まだ5巻を読み終えたところなので感想は控えますが、どこにも属さない、志高く我が道を行く、そんな竜馬の生き方がボクは好きだ。

心の声に従おう。そうやって始まった2019年ですが、その最初に月は読書に明け暮れていました。気がつけば16冊も読んでしまった。その反動でブログを書くことが極端に減ってしまった。ただし、ボクは目標を見失ってはいない。その目標は以前に掲げたものと変わりはありません。道のりが変わったのだと思う。その道のりは以前よりも遠回りのような気もしています。

1月も残すところあとわずかとなりました。2月はどんなヒントが頂けるのか、楽しみ。焦らず我が道を進んでいこう。2019年1月後半に感じたことはこんなことでした。

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