J1 1st 浦和レッズvsヴァンフォーレ甲府
▼埼スタと満開に咲く桜
満開の桜が咲く埼玉スタジアムにやってきた。
J1 1st 浦和2-1甲府
ワンシーズンの中で出来るだけ多くのチームを観たい、出来るだけ沢山のスタジアムに出掛けたい。そんな観戦スタイルを貫くボクにとって、3年連続で同じ対戦カードを観戦することに何かしらの因縁を感じずにはいられない。
最も印象に残ってるのは2014年5月6日、既に取り壊しが決まっていた国立競技場での最後のJリーグ、甲府主催の浦和戦だった。
当時、会場で行われた川淵三郎氏のスピーチが印象深かった。「リーグ屈指の熱狂的なサポーターを従える両チームこそ”ラスト国立”に相応しい対戦だ。」ところが、アウェイスタンドを埋め尽くしたレッズサポーターの応援は、いつものそれとは大きく違っていた。
その理由は、同年3月14日に起きた、かの「浦和レッズ差別横断幕事件」の影響によるものだということは直感的に理解できた。横断幕もない、ゲーフラもない、コールリーダーもいない。当時のゴール裏は、異様な雰囲気に包まれていたのを今でも憶えている。
▲大量のゲーフラがなびく北ゴール裏
そして昨夜、埼スタの北ゴール裏は、元通りの姿に戻っていた、というよりは、心地よい熱地帯へと変貌を遂げていたという表現の方が相応しいかもしれない。昨年同様の同じ平日開催にも関わらず、満席に膨れ上がったゴール裏は、サポーターの大チャントと共に、足元から伝わってくる振動に胸が高まりが抑えきれなくなった。
レッズサポーターの凄さは、「個」にある。少なくともボクはそう感じている。ゴール裏中央部を固めるチーム応援団らしき多勢が奏でるチャントも圧巻だが、中心部から少し離れた、上部、左右に散らばる、個々のサポーターの存在なくしてあの大チャントは成立しない。
レッズサポーターは相変わらず「お一人様」が多い。赤いユニフォームを着てリュックを背負い来場する。そして座席を確保するなり弁当を広げ、それをビールで流し込む。誰とも会話することのない、一見大人しそうな男が、試合開始と共に大声でチャントを叫び、空に向かって拳を振り上げる。
この日が春休み中だったこともあってか、子供同士の姿や若いカップルの姿も多く見られたし、ボクのような新参者の姿もチラホラではあるが、何の違和感もなく受け入れられていた。
▲甲府の強固な守備に苦しむも興梠慎三が先制ゴールを挙げる
レッズサポーターを指して、柄が悪い、狂暴なイメージだと決めつけるサッカーファンが多くいるが、レッズサポーターがひしめくゴール裏は、他チームのその場所とは大きく違う、むしろ自由な雰囲気すら感じることができるのだ。
レッズサポーターから「鉄の掟」は消えていた。
支持者、応援者は、その熱狂ぶりが高まることで、他の寄せ付けない排他的な思考が生まれ、排除的行動へと向かわせる。もし過去のレッズサポーターをそう評するのであれば、現在の姿はそれとは大きく異なる。スタジアムに訪れるファンを快く受け入れ、スタジアム観戦の悦びを与えることを惜しまない。自らがキャストであるという”誇り”さえ感じることができるのだ。