コンサル

2018.2.8

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【SNS活用】不可解な「イイね!」の数に想うこと。

不可解な「イイね!」の数に想うこと。

ツイッターにしてもフェイスブックにしても、なぜこの投稿にたくさんの「イイね!」が付くのだろうかと、首を傾げてしまうことがあります。

ご存知、「おはよう隊」は有名ですよね。投稿内容に関係なく、コメント欄にズラリと並ぶ「おはようございます!」たぶん、彼らは人が亡くなっても「おはようございます!」というコメントを入れるんだろうな。内容なんて見ちゃいない。彼らにはコメントし合うことで影響力を高め合うという暗黙のルールがあります。

「知らぬ間に入隊していた。」「そういうものだと思っていた。」ボクらの指摘にビビって、苦しい言い訳に終始する元おはよう隊員をボクは数名知っている。

気持ちは分からなくもない。いや、やっぱ分からないなぁ。たぶん、おはよう隊に入隊してしまう人はガツガツしてるんでしょう。異業種交流会とか、色んなセミナーを転々としているような人。何かにすがりたい人なのでしょう。

だからと言ってもね~。物事の分別くらいわきまえて欲しいものです。それは可笑しいだろ!と少しくらいは疑って欲しいものです。

ツイッターにも似たような思考の持ち主を見かけます。なぜ、気持ち悪いおっさんの自撮り投稿にたくさんの「イイね!」がつくのか。

その疑問はその人の「イイね!」という項目をチェックすると一目瞭然です。やたらと他人の投稿に「イイね!」しまくり、コメントしまくってるからです。

要はギブアンドテイクの要領なわけです。ただし、一言添えておきたいのは、たくさんの投稿を見ること、たくさんの人に関心を持つことは決して悪いことではありません。

むしろ、BOT(自動投稿)さながらに、自分投稿に終始し、「イイね!」やリツイートもしない、コメントも残さないような無関心な人よりかは多少はマシかもしれません。

問題は下心なんですよ。おはよう隊にせよ、自撮りおじさんにせよ、「イイね!」を欲しがり過ぎるその行為が気持ち悪いのです。

「いや、そういう風に教わったから!」という声も聞こえてきそうですが、その不器用さ、空気感、距離感を読めないこと自体が終わっている。

やっぱり「イイね!」を貰えると嬉しいし、コメントを貰えるとテンション上がります。でもその数はコミュニケーションを楽しんだ表れなんですよ。”関係性”の意味を履き違えてしまうと、かえって逆効果を生み出してしまいます。

不可解な「イイね!」の数に想うこと。それは嫌悪感でしかない。誠実さのかけらもない。

〈了〉

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