サッカー馬鹿

2019.7.20

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【スペイン経由 東京オリンピック行き】田中陽子再起のチャレンジ最終章が始まる。<〜初の海外挑戦に向けて〜 田中陽子選手インタビュー〉

田中陽子選手

6月26日 FIFA女子ワールドカップ ノックアウトステージ初戦、オランダに惜敗したなでしこジャパンはベスト16で大会を去った。

奇しくもその同日、プレナスなでしこリーグ1部所属のノジマステラ 神奈川相模原から驚きのリリースが発表された。

『田中陽子選手の海外挑戦』だ。

移籍先はスペイン1部(プリメーラ・ディビシオン・フェメニーナ)所属の『スポルティング・デ・ウエルバ』。スペイン南部アンダルシア州、隣国ポルトガルとの国境付近の街ウエルバに拠点を構える女子単体のサッカークラブである。

なお、ウエルバは1889年に設立されたスペイン最古のサッカークラブ『レクレアティーボ・ウエルバ』の本拠地であることをはじめ、歴史的にもサッカーに馴染み深い地域として知られている。

今、スペイン女子リーグは世界で最も注目を集めているリーグといっても良いだろう。

先に行われたアトレティコ・マドリー対バルセロナでは、女子サッカー(クラブ同士)の試合として史上初の6万人超の観客動員を記録。この数字は世界記録にあたる。

さらには世界的名門クラブ『レアル・マドリー』が女子カテゴリーの参入を発表。5月に1部昇格を果たしたばかりのマドリッドのクラブ、CDタコンのトップチームの買収がリリースされたばかりだ。

ではなぜ田中陽子選手はこのタイミングでの移籍を決断したのだろうか。

このリリースを紐解くには少しばかり彼女が歩んできた道のりを振り返る必要があるだろう。

田中陽子を語る上で忘れてはならないのは2012年、U-20女子ワールドカップGLスイス戦で決めた左右両足から放たれた伝説のFKだろう。同大会6試合出場のうち6ゴール2アシストを記録した彼女を誰もが「なでしこジャパンの将来を担う逸材」と疑わなかった。

しかしその後のキャリアは順風満帆とはいかなかった。翌年、2013年になでしこジャパンに初選出。同年9月におこなわれた国際親善マッチ、ナイジェリア戦で途中出場途中交代という屈辱を最後に代表から遠ざかっていた彼女は当時所属していた名門INAC神戸レオネッサを退団、当時2部リーグ所属の新興チーム ノジマステラ神奈川相模原の入団を決意。

再起のチャレンジはここから始まった。

入団1年目、活躍の舞台をリーグ2部に移した田中陽子はリーグ戦27試合出場26得点を挙げる大活躍を見せチームの躍進に大きく貢献。チームは惜しくも1部昇格を逃したが、翌年、悲願の1部昇格を果たす。

<当時の彼女の想いは《傑出したチームワークで上位進出を狙う》に記したので参照してもらいたい。>

わずか2年でトップリーグに返り咲いた田中陽子は昇格初年度にあたる2017シーズンは苦戦を強いられる。最終戦までもつれ込んだ残留争いを制し辛うじて降格を免れたノジマステラだが、同年の皇后杯ではクラブ史上初のファイナリストに名乗りを上げ日本女子サッカー界に確かな爪痕を残した。

その翌年の2018シーズン、リーグ戦序盤から快進撃を見せたノジマステラは昨年の順位を大きく上回る3位を記録した。

実のところ筆者はこのタイミングでの海外移籍を予想していた。なぜなら当時のインタビュー記事《WINDING ROADの先に見えた風景》内で彼女は来夏開催の東京オリンピック出場を目指すと公言していたからだ。

しかしその目論見は早計だったと認めざるを得ない。なぜ田中陽子はこのタイミングでの海外挑戦を決断したのか。それはサッカー選手としての充実、そしてひとりの人間としての成長に他ならないからだ。代表入りはあくまでもその過程にあると彼女は語る。

とはいえやはり日の丸を纏う彼女の勇姿を観たいのがサッカーファンの本音だろう。これまで3度にわたりインタビューをお届けしてきたが、今回のテーマにはあえて『スペイン経由東京オリンピック行き』と題しておく。それだけ彼女へ寄せられる期待が大きいからだ。ひとりの女性アスリートとして成長を続ける田中陽子選手の再起へのチャレンジはいよいよ最終章を迎える。

以下に2019年7月9日に執り行われたインタビューを記しておく。

 

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